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2020年1月18日 (土)

強迫的行為のない強迫観念の具体的な解決方法

強迫的行為のない強迫観念の具体的な解決方法を述べます。

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強迫的行為のない強迫観念の解決方法を述べます。

強迫性障害には、強迫的な行為のみられない強迫性障害もあります。ある人は電車に乗ると、痴漢をするかもしれないと考え電車に乗れません。さらに本屋に行くと、万引きをするかもしれないと考え本屋に行けません。この人の強迫性障害には、具体的に強迫的な行いがみられません。外出が難しいという、消極的な強迫的な行いがみられるのみです。よって、認知行動療法の目標設定がしにくいのです。

そのような強迫的行為のない強迫観念のみの強迫性障害でも、いまは解決方法があります。それは認知行動療法により、強迫観念をコントロールするのです。ある人は電車に乗ると、痴漢をするかもしれないと考え電車に乗れません。さらに本屋に行くと、万引きをするかもしれないと考え本屋に行けません。このようなマイナスの考え方に引きずられる、強迫的行為のない強迫観念の解決方法を述べます。

このようなマイナスの考え方に引きずられないために、認知行動療法を行いました。大切なことは、マイナスの考え方に「引きずられない」ということです。けっして、マイナスの考え方が「きれいになくなる」ことではありません。認知行動療法は、マイナスの考え方に「引きずられなくなる」ことを直接の目標にします。よって認知行動療法によりマイナスの考え方が「きれいになくなる」ことはありませんが、結果的にはマイナスをプラスに変えるのです。

認知行動療法による「強迫的行為のない強迫観念の解決方法」には、いくつかのやり方があります。この人の場合は、最も直接それを解決するための方法を用いました。具体的には、電車に長い時間乗るのです。本屋に長い時間いるのです。極めて単純であり、直接的な方法です。この人は本屋での心配のほうが、不安の程度が弱かったのです。それゆえに程度の弱い、本屋での心配からスタートしました。よって、先ず大型書店に行きました。その本屋に長い時間いれば良いのです。なお大型書店でないと、長い時間そこにいることは現実に差し障りがありがゆえにそうしました。このように極めて単純であり、直接的な方法を用いました。

先ずその大型書店でも、人のあまりいないコーナーに行きました。不安の起きにくい場所から、スタートするのです。そこでも不安感に、襲われました。しかしその不安に、耐えることが必要です。不安は最初の5分間が、ピークです。この5分が、すべてを決めます。

なお正確には認知行動療法では、その人にあった方法を組み立てていきます。単純に大型書店の人のあまりいないコーナーに、5分いることは不安感に襲われ不可能です。その不安に耐えるためにも、工夫は必要です。その工夫は、その書店の本を立ち読みすることです。詳細には、2分間ごとに別の本に立ち読みする本を変更します。そして不安から2分間、本の立ち読みができないときは失敗です。そのときは、その本を買うのです。このようにして、とにかく最初の5分間の不安のピークに直面するのです。それが20~30分間にまで、延長されればOKです。

そうやって最終的に、最初の5分間の不安のピークに直面して、それが20~30分間にまで延長されるようにします。このようにマイナスの学習の解除と、プラスの学習の形成を行っていきました。次は人のあまりいないコーナーから、普通に人のいるコーナーに行きます。そこで、同じ事を行うのです。こうやって不安の程度の弱いものから、強いものにアップさせるのです。徐々に不安に対する耐性を、身に付けていくのです。

認知行動療法の立場から述べれば、神経症は不安に対する耐性がないために起きていると考えます。そしてそれを、再学習を通して身に付けていくのです。このように一つずつ、ステップアップして最後に最も不安感の高いものに至るのです。その時に、前の段階の不安感が0になったら次にステップアップします。これは大切です。不安感が半分ぐらいになったら、次のステップに進む方法もあります。しかし不安感が0になったら、次にステップアップする方が効果的であることは多いのです。このようにして最後は、最も不安感の高いものに至るのです。これは不安に対する耐性を、新しい学習を通して身に付けていく方法です。

この人の認知行動療法は不安の程度の弱い万引きの心配からスタートしました。次に電車に乗ると痴漢をするかもしれないという心配の解決に、進みました。電車に乗ると痴漢をするかもしれないという心配の解決には、イメージを用いました。基本的には、前の方法と同じです。やはり不安に対する耐性を、新しい学習を通して身に付けていく方法です。それをイメージにより、行いました。

この人は電車の中で痴漢をして、その結果犯罪者になることをとても恐れたのです。イメージによる方法も、不安の程度の弱いものからステップアップします。このことも、イメージを用いない方法と同じです。イメージを用いる方法は、先ず心身をリラックスさせる練習を行います。それを基礎にして、イメージを用いて困っていることを解決するのです。心身のリラックスこそが、不安から起きるこころの葛藤を解決するのです。こころの葛藤という迷路をさ迷わないためには、心身のリラックスから入ることこそが大切です。心身をリラックスさせる練習は、7段階あります。

先ず最初は準備段階です。これは、スポーツの準備練習にあたります。具体的にはゆったり座れる椅子に座るのか、畳に枕をして寝る姿勢で行います。その姿勢で目をつぶり全身から必要以上の力を抜いて、リラックスしてください。気持ちを落ち着けるために「気持ちは落ち着いている」と、こころの中で三回ぐらい繰り返してください。これがそのスタートです。これは、すべての練習段階のエッセンスです。なおその練習はできるだけ三食後と、睡眠前に行ってください。そのときが、練習効果が高いのです。これはその練習が、自律神経の解放を目的とすることによります。この練習をマスターしてください。

マスターできたら「気持ちはおちついている」の練習に、続けてすぐ次の重感の練習を行います。その重感練習は「~は重たい」と、身体のそれぞれの部分をイメージします。すなわち「気持ちは落ちついている」→「~は重たい」と続けて行い、「右腕→左腕→右脚→左脚」の順に、重たい感覚を身につけていくのです。それとともに、リラックスも深まります。そのときに大切なことは、さりげなく注意をむけることです。さりげなく、受動的に注意をむけることが修得されれば、不安感は改善します。神経症の人は、この受動的な注意集中のできない人が多いのです。

なお利き腕が左腕の人は当然、「左腕は重たい」となります。以下、同様に逆になります。このように「右腕は重たい」とこころの中で、自己暗示してください。すると利き腕は感覚が鋭いがゆえに、比較的容易に重たくなってきます。さらに同様に「右脚は ……」は、となります。最後は「左脚は ……」で、重感練習は終了します。このように身体に重さを感じることは、リラックスした状態に入るための入り口です。さらにそのリラックスは、次の温感練習で深まります。

その温感練習は基本的には、今までと同じです。ただ「~は重たい」が「~はあたたかい」に、変わるだけです。そして「気持ちは落ちついている」→「~は重たい」→「~はあたたかい」と続けて、行ってください。この「~はあたたかい」の練習は、心身のリラックスのための方法の本質ともいえます。

その次は、 「心臓調節の練習」を行います。この練習は、次の言葉をこころの中で三回繰り返し、イメージします。「心臓は静かに、規則正しく打っている」この練習をすると、必要以上の緊張からさらに解放されます。

その次は、呼吸の練習です。「呼吸は楽だ。楽にゆっくり静かに、息をしている」という言葉を、こころの中で3回ぐらい繰り返してください。呼吸は自分ではやくしたり、遅くできます。このように呼吸は、自分でコントロールできます。しかしその反面、緊張したときは呼吸ははやくなり、コントロールできません。しかし、この練習により呼吸に対するコントロールを獲得すれば、緊張しても呼吸はそれ程はやくなりません。その結果、緊張に支配されなくなります。

次は、「お腹の練習」を行います。この練習は、次の言葉をこころの中で三回繰り返し、イメージしてください。「お腹はあたたかい」このお腹とは、正確には太陽神経叢です。太陽神経叢とは、お腹に太陽があるとイメージできる場所です。そこが温かくなるのです。なおこの練習を行うときは、両手をお腹の上に普通に重ねて置いて練習してください。この「お腹の練習」は、最も難しい練習の段階です。時間をかけて練習してください。

なおこの練習を行うときは、両手をお腹の上に普通に重ねて置いて練習してください。なおよく「腹が据わる」と言いますね。この練習は、その「腹が据わる」ためのものです。この練習により、「腹が据わる」ことができれば、大きく改善することは多いのです。そうやってお腹が温かくなったら、さらに「お腹の練習」のときに両手をお腹の上に置かないで練習してください。そうして、お腹が温かくなればOKです。

最後は、「内臓調節の練習」に続けて、「頭寒足熱の練習」を行います。この練習は、次の言葉をこころの中で三回ぐらい繰り返し、イメージしてください。「額は涼しい」この練習は、「頭寒足熱の練習」です。

即ち、 「頭は涼しく、足は温かい」=健康  と言われています。その状態を、意識的につくるのです。その結果、この練習によってあたまは冷静になります。そして最も大切なことは、こだわりがなくなっていくことです。以上で、心身をリラックスさせる方法の標準練習は終了です。

電車に乗ると痴漢をするかもしれないという心配の解決には、イメージを用いました。先ず心身をリラックスさせる練習を行い、それを基礎にイメージを用いて困っていることを解決するのです。先ず心身をリラックスさせる方法の標準練習を、マスターしてもらいます。
それに、2~3ヶ月間かかります。しかし、その心身をリラックスさせる方法の標準練習のみで改善してしまうことも多いのです。特に若い人は、この傾向が大きいのです。

先ず心身をリラックスさせる方法の標準練習を行い、次にその標準練習に続けて、イメージ練習を行います。それは自分の不安になりそうな、状況のイメージです。その状況には、いくつかのレベルがありました。当然ほとんど人の乗っていない電車では、不安もほとんどありません。逆に人の多く乗っている電車では、不安も強かったのです。その状況には、いくつかのレベルがありました。その状況を5段階に分けて、イメージ練習を進めました。先ず不安の弱い状況から、スタートしました。

その最も不安感の高いものは、ラッシュの電車です。最低はがらがらの電車です。そこから【5ラッシュの電車→4身体の一部が触れる電車→3肩の触れるぐらいの電車→2新聞を開いて読めるぐらいの電車→1最低はがらがらの電車】の順に不安は弱まることに気付きました。もちろん練習は、不安の程度の弱い1→5に進みました。こうして不安に対する耐性を、身に付けていくのです。そのイメージを不安の弱い順に、その不安を0にして次に進んでいきます。これが、原則です。即ち1のがらがらで誰も乗っていない電車の不安を、0にします。そして次の2新聞を開いて読めるぐらいの電車の不安を0にします。そして、それから肩の触れるぐらいの電車に進みます。

具体的には心身をリラックスさせる練習を終了したら、次に電車に乗っているところをイメージします。たとえばがらがらで誰も乗っていない電車であれば、それにいま自分が乗っているところをイメージします。そうするとそのイメージは不安は弱く、少しの安心感を与えます。そのまま新聞を開いて読めるぐらいの電車のイメージに、移っていくのです。当然、不安感は強まります。そのまま新聞を開いて読めるぐらいの電車のイメージに移っていくと、不安感は強まります。その時に、いつも心配しているイメージが浮かんできます。そのイメージの起きるにまかせてください。そうしたら、心身をリラックスさせる練習を行います。その練習により、不安感は弱まります。そうやって、このときの不安感を0にします。基本的にはこの繰り返しです。不安になれていくのです。

そのイメージ練習は、次のようなサイクルです。
【心身をリラックスさせる練習→不安の弱い、少し安心感を与える状況のイメージをします→心身をリラックスさせる練習→不安感を0→前より不安の強い状況のイメージ→・・・・・】しかしどの段階、どの段階もまったく同じではありません。その段階には、その段階の特徴があります。たとえば3肩の触れるぐらいの電車と2新聞を開いて読めるぐらいの電車では、たとえば隣の人から新型コロナウィルスがうつるかもしれないという心配も増えます。また隣の人が、マスクをしているかによっても状況は異なります。

このようにまったく同じということは、当然ありません。しかしその状況をイメージして、その中で自分自身で不安を解決していきます。基本的な、ラインは変わりません。それと同時に、現実の生活も変える必要もあります。この人は電車に乗ると痴漢をするかもしれないという心配のために、朝の5時に起きていました。そうしないと、早朝のすいた電車に乗れないからです。しかしこの時間も、朝の5時半に起きて少しすいた電車に乗ることに変えました。そうしたら、生活全体はゆるやかなものに変わりました。

このように自分の必要以上の不安は、生活を非生産的な方向に進めがちです。しかしその必要以上の不安が軽くなったときに、生活は生産的な方向に進み始めます。生活の基本的な姿勢と、生活そのものの変化は同時に起きます。それは、次のように表せます。

自分の必要以上の不安→生活を非生産的な方向に進める
必要以上の不安が軽くなる→生活は生産的な方向に進む

生活の基本的な姿勢と、現実の生活そのものの変化は相乗作用があります。この方向からも、認知行動療法は行われてもいます。この人は朝の6時20分ぐらいに起きれば、3肩の触れるぐらいの電車には乗れます。どんなに電車が混んでも、4身体の一部が触れる電車です。よって、朝の5時に起きる必要はまったくありません。その結果、生活はゆったりしたものになりました。そのゆったりさも、おのずから葛藤を改善するのです。

大切なことは、これからこの人がどのように葛藤を改善することがベストかです。このままイメージ練習を進めて不安な状況の5ラッシュの電車でも克服するのか、それとも今の朝の6時20分ぐらいに起きれば電車には乗れますから、それでもいいのかということです。認知行動療法では、相談者の考えを尊重します。カウンセリングでは、相談者の考えを尊重します。それは相談者の考えがたとえ間違えたものであっても、それを尊重すれば正しいところに必ず至るという考えによるものです。

この人は、この段階でイメージ練習を完了しました。そのことによって、逆に不安に立ち向かわなくもなったのです。これは大切です。この生活と、心身をリラックスさせる方法の標準練習を続けることにしました。このように、その人の状況により柔軟な発想も必要です。最終目標まで練習を進めて不安を解決しようとするよりも、その人の状況により柔軟な発想をしました。逆に最終目標まで練習を進めることは、不安に立ち向かうことにもなります。その人がそれに立ち向かうだけのこころの土台の強さがないときは、逆効果だからです。最終目標まで練習を進めないで、不安に立ち向かいませんでした。ソフトな対応です。これからあとは心身をリラックスさせる練習を、異なる方向に進めたのです。

心身をリラックスさせる練習を、精神分析療法のように用いる場合もあります。この方法は、精神分析療法よりもスムーズに進むことは多いのです。それは心身をリラックスさせる練習により、こころの中のわだかまりが解放されやすくなっているためです。リラックス状態は、わだかまりが解放されるための土台です。具体的には、先ず心身をリラックスさせる練習を行います。普通はそこで終了するのか、イメージ練習に進みます。しかしこれからは、こころの中のイメージを自由に展開させます。それがこれからの方法です。先ずこの人は自分のこころの中のイメージとして、不安な状況が浮かびました。これは当然だといえます。そこから、さらにイメージを進められるかがポイントです。大切なことは、イメージを自由に展開させるということです。閉じられているイメージを、展開させるのです。

ここに、この人のこころの葛藤を解決するためのポイントはあります。いままでこの人は、こころの葛藤を閉ざしてきたのです。それが自分自身を、苦しめてきた原因です。その閉ざされたものは、外に出ようとします。しかし、すぐには真っ直ぐには出ません。正確には、出られません。それはこころの中に壁があるからです。ところが正確には、その壁はありません。強迫観念とは本当はない壁に突き当たり、苦しんでいる状態です。そのない壁に気付き、葛藤をスムーズにこころの外に出すことが大切です。それこそが、強迫観念の真の解決です。そしてそのこころの中のイメージを自由に展開させるときに、精神分析療法のように解釈をすることも必要な場合もあります。しかし、まったく解釈しない場合もあります。ここに新しいカウンセリングの、大きな特徴があります。

現在の新しいカウンセリングは、こころの葛藤を歩みつくすことに軸足を置くことが多いのです。解釈(≒意識化)することは、少ないのです。イメージを自由に展開させて、解釈(≒意識化)はしません。このことは大切です。こころの中のイメージの展開そのものに、大きな意味を見いだします。現実のこころの葛藤を歩みつくすプロセスが、同時に前に進むプロセスでもあるという考えによるものです。ある人から、いまの新しい将棋のことを次のように聴いたことがあります。その人は、「むかしの将棋は攻めることと、守ることは別だった」しかし、「いまの新しい将棋は攻めることと、守ることを同時に行う」このこととよく似ています。

正確には心身をリラックスさせる練習を、精神分析療法のように用いたのです。それはこころの中のわだかまりを含むイメージを、自由に連想させるためです。いわゆる自由連想法のように、用いたのです。ここまでは、精神分析療法と同じです。精神分析療法でもこの方法でも、自由な連想には大きく二つのパターンがあります。一つは「むかしあったことを思い出す」という、パターンです。もう一つは「イメージが浮かび、その連想が進んでいく」という、パターンです。前者の「むかしあったことを思い出す」というパターンは、精神分析療法やユング派の分析心理学に多いパターンです。それに対して後者の「イメージが浮かび、その連想が進んでいく」というパターンは、ハコミ心理療法やフォーカシングに多いパタンです。

精神分析療法やユング派の分析心理学は、一般に多くの時間が必要です。それは精神分析療法やユング派の分析心理学は、人格の再形成も目的とするものだからです。しかしこの心身をリラックスさせる練習を用いれば、精神分析療法やユング派の分析心理学を短期間で完了させることも可能です。さらにはハコミ心理療法やフォーカシングのような方法も取り入れれば、さらに短期間でのカウンセリングも可能です。なお現在ではこのように、カウンセリングそのものが統合的な方向へ進んでもいます。ハコミ心理療法やフォーカシングという方法は、とても新しいカウンセリングです。

それはいままでのカウンセリングが「事実を理解すること」に軸足を置いていたのに対して、「現実を前に進めること」に軸足を移したともいえます。これは従来のカウンセリングそのものが、とても理知的であったことにもよります。よって従来のカウンセリングは「正しいことを言うこと」が、とても大切でした。そして「現実を前に進めること」は、「正しいことを言うこと」により起きるとされたのです。しかし現在ではカウンセラーと相談者の関係性や、身体における意識を重視します。前者はカール・ロジャーズのクライエント中心療法の考え方によるものです。後者はハコミ心理療法や、フォーカシングによるものです。

カール・ロジャーズのクライエント中心療法では、カウンセラーと相談者の関係性を重視します。精神分析療法では「正しいことを言うこと」が、とても大切でした。そのときにロジャーズが、カウンセラーと相談者の関係性を重視したことはとても大きな先見性があったのです。さらにハコミ心理療法や、フォーカシングでは身体性を重視します。これを最も分かりやすく適切に述べているのは、フォーカシングの創始者のジェンドリンの言葉です。ジェンドリンは「迷いから解放されるとホットする」「そしてそれは胸からつっかえたものがとれるような身体感覚とともに起きる」と、述べています。

さらにハコミ心理療法の創始者であるクルツは、マインド・フルネスという意識状態を軸にカウンセリングを行います。そのマインド・フルネスとは優しいこころの充たされた、そして心身のくつろいだ状態です。そのマインド・フルネスの優しいこころの充たされた状態において、イメージを展開させます。そうすると普通、現実には気付かないイメージが展開されます。相談者がいままで現実に気付かないイメージが、湧きあがってくるのです。そしてそれが、展開されます。大切なことは、この湧きあがってくるイメージは否定的なものではないということです。逆に肯定的なものです。

カウンセリングはとてもデリケートな部分があります。よっていわゆる解釈を行うと、相談者の人が否定的な観念に支配されてしまうことになりがちです。それがないようにするために、カウンセラーと相談者の関係性や身体における意識を重視します。またカウンセラーが相談者の身体における意識を重視するのは、超個的な意識も扱うためです。超個的な意識とは、文字通り個人を超えた意識です。我々は個人として、生活しています。正確には、個人として生活していると思っています。ところがユング心理学によれば、こころは個人を超えてもいるのです。それは意味のある偶然の一致により、深く理解されます。あなたはだれかに道で、偶然あったことはないですか?誰でも思いがけないところで、思いがけない人にあった経験はあります。

アメリカの大統領リンカーンもそうでした。リンカーンは弁護士を志して、勉強していました。ところが、弁護士の勉強に必要な法律の全集を手に入れるができませんでした。弁護士になることを諦めようと考えていたときに、リンカーンの家を貧しい男がノックしました。その貧しい男は、荷馬車に廃品を積んでいました。「これをいくらでもいいから、買ってくれないか。」と、言いました。リンカーンはその男をとても気のどくに思い、その廃品をすべて買いました。後で分かったのですが、不思議なことにその廃品の中に弁護士の勉強に必要な法律の全集が入っていたのです。そしてその本で勉強して、弁護士になったのです。

なおこのように不思議なことが起きるためには、その人の姿勢も大切です。なおこのように不思議なことが起きるためには、その人の姿勢も大切です。常に自分に対して、開かれていなければいけません。さらに、リンカーンもそうですが、自己主張的でない姿勢も大切です。開かれていて、自己主張的でない姿勢こそが意味のある偶然の一致を生むのです。この人も心身をリラックスさせる練習を、精神分析療法の自由連想法のように用いたときに同様のことが起きました。なお純粋に精神分析療法の自由連想法を行うよりは、心身をリラックスさせる練習を精神分析療法の自由連想法のように用いた方が意味のある偶然の一致は起きやすいのです。なおこの人の意味のある偶然の一致は、痴漢事件の無罪判決です。それがカウンセリングと、同時に起きたのです。この人は痴漢をしていないのに、痴漢にされてしまうことをとても恐れました。その考えに拘束されて、身動きできなくなったのです。このように神経症の人の大きな特徴として、究極的には自分で自分を苦しめたのです。

ただしそこにも、大きなミスがあります。それは、「その人のしたことが悪いのであって、その人自身が悪いということではない」ということに、気付いていないというミスです。自分が何かミスをした時に、自分自身を必要以上に責めてしまうのはこのミスによります。うつの人や神経症の人を苦しめているのは、このミスです。ただしこのミスを深刻に受けとめすぎて、自分自身でこころに突き刺してしまうのがうつの人や神経症の人です。よって、自分自身でしていることであれば、自分自身で改善できます。この人の場合は、現実を深刻に受けとめすぎないようにすることためには、心身をリラックスさせることも必要でした。さらには、こころの葛藤の解放も必要でした。しかしこころに浮かぶことを自由に話してもらうなかで、話の方向も自然に変わってきました。

ここで大切なことは、その話についていくことです。話の自由な展開に従うことです。大切なことは、話の自由な展開に従うことです。そうすると過去に話が戻ることもあれば、将来に進むこともあります。大切なことは、話の自由な展開に従うことです。そうすると過去に話が戻ることもあれば、将来に進むこともあります。最も大切なことは、話を前に進めることです。カウンセリングによっては、最初から前に進めるように組み立てられたものもあります。

それは神経症の短期心理療法です。短期心理療法では、問題解決を前に構築していきます。その構築されたものが、問題を解決するのです。この人の場合は、カウンセラーは話に従って行きました。そこでこの人は、いつも最悪のことが起きないように気をつかっていることが分かりました。そこでこの人は、いつも最悪のことが起きないように気をつかっていることが分かりました。信号が黄色では、絶対に渡りません。青でしか渡りません。そのためにとても疲れました。こういう人は、自分自身のこころの世界が常におびやかされているのです。そのおびやかされたこころの世界が、自由な世界に変わっていくことこそが大切です。その道を、ともに歩むのがカウンセラーです。

この人は一つのエピソードを語りました。相談者の人には、今のこころの軸となっているエピソードがあるものです。そのエピソードをどう扱うかが、カウンセリングの方向性を決定します。そのエピソードはこの人が、小学生の時でした。近所に大きな家庭電気器具店がありました。そこには大きなダンボール箱が、山積みにされていました。子供たち数人で、そのダンボール箱のなかに入り遊んでいました。これがこの人の、今のこころの軸となっているエピソードの場所です。そうやってその人が遊んでいたら、電器店の人が見つけて注意に来ました。子どもたちは、逃げます。それも、広い意味では遊びでした。そのときに電器店の人が、遊ばないように注意しに来ました。友達は全部、逃げてしまいました。この人は怒られました。さらにある日いつものように遊んでいたら、そのダンボールの中に木の枠がありました。その枠の中に脚を入れて、遊んでいました。そうしたら、脚が枠から外れなくなってしまったのです。これも一つのエピソードです。

現実のカウンセリングにおいてエピソードを扱うときに、その内的な解決を急がないことが大切です。水泳世界選手権のシンクロナイズド・スイミングの足立夢実選手の予選の演技に、コーチは次のように述べています。「演技を先へ、先へ急いでしまった。」カウンセリングもシンクロナイズド・スイミングも、急いではいけません。一つ一つをきちんと完了させることこそが、最も大切です。それはエピソードを、歩みつくすことです。そのために大切なのは、沈黙です。しかしながら日本人の場合は、沈黙を無関心と受け取りがちです。そのためにカウンセラーは、相談者の話に強い関心を示すことが必要です。同時に会話の中に、質問をはさむことも必要です。

その質問は、エピソードを正確に把握するためのものです。この人でいえば、「ダンボールの枠とはどんなものだったのか?」「正確には、ダンボールの骨組みの木の枠ですか?」このように、エピソードに対する疑問を尋ねればよいと思います。それと同時に、エピソードをともに歩むのです。従来のカウンセリングは、エピソードに対する解釈にはしりがちでした。しかし、ともに歩むことこそが大切です。この人もエピソードをともに歩んでいると、次のことに気付きました。エピソードは過去のこと。これは大切です。そしてそれを体験したのは、過去の自分。これは、さらに大切です。このときにどの方向にカウンセリングを進めるかを、カウンセラーは判断することが必要です。

そこでカウンセラーは、「あなたはいま、その体験を身体でどのように感じますか?」と尋ねました。なお「未解決のままの問題は喉に何かがつかえたような感じ」として、身体で意識されがちです。この人は、「胸が重苦しい感じがする」と答えました。新しいカウンセリングでは、このような身体感覚からカウンセリングを深めます。そしてその胸の重苦さを、自覚化します。今までは、胸の重苦しさから逃げていたのです。逆に自分自身で、意識化するのです。その自覚化の方法を、述べます。

心身をリラックスさせた状態で、胸の重苦しさソフトに感じるのです。そうするとイメージは、その胸の重苦しさを軸に展開します。大切なことはイメージ展開と、胸の重苦しさが軽くなることは並行して起きてきます。こころのイメージと、身体の意識が並行して走っているといえます。次はそのイメージ展開により、先ず言葉が浮かびました。誰でもこころにわだかまりがあるときは、言葉が浮かびがちです。こころの中のイメージとしての言葉と、身体の意識は呼応しています。その言葉は、「何で!」です。このようにこころの中のイメージは、短い言葉で表現されることも多いのです。なお神経症の人の中にはイメージや、言葉のフラッシュバックに悩まされている人は多いのです。その人たちは、この人と同じようなこころのメカニズムが、自然に起きていると考えられます。

次はこのこころの中の「何で!」という言葉を、さらに胸の重苦しさとともにソフトに感じてもらいます。いまこの人の胸の重苦しさは、「何で!」という言葉を通して解放されようとしていると考えられます。やがてこの人は、「何で!」という言葉はこころの中でさらに大きなものになってきました。そして、「何で!」に続く言葉が浮かびました。それは「何で!自分だけが怒られる!」という、言葉です。この人はとても長い間、この言葉を意識化することができなかったのです。いわば、胸につかえた言葉です。

さらに述べます。

 

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